Naked

絵を置いたり文章置いたりの情報倉庫。に、なる予定。

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ツキアカ、我が子

「――― もう、春だな」

夜の間に誰かが酒を引っ掛けたのだろう。染みのついた布地に一頻り口の中で悪態をつく。
高い窓につるされているカーテンを外し、新しいものに変えようと、脚立を壁際に立て。
一段一段上りながら、窓の外に見える木々の蕾に、ふと季節の変化を感じ取る。
カーテンを外しながら、長年の経験で熟練した目線が、並んだ高さにある太い梁に走り。
いささか埃がたまっていることに、「この陽気で、ライグルたちも外遊びか」そんな思考を巡らす。

「にしても、、、」

いまではこんな図体になったかと半ば呆れるような溜息をつきつつ、
目線は、そのままさらに上にあがる。

高い吹き抜け。何層も連なる黒艶のある梁の組み。各階を繋ぐ階段と吹き抜けに列する廊下。朝日を柔らかく中に広げる天窓。
そして、目を下ろすと、そこは広い板張りの次元。何十もの丸テーブルが並ぶダイニングエリア。ソファーボックスが並ぶロビー。奇麗に磨かれた長いカウンターは、窓からの朝日を浴びて細やかな光を反射しているのが、眼に飛び込んでくる。

――この、巨大な宿は、銀の月灯り亭と呼ばれている。

陸と空と海を制する三大商人が本拠とする、世界最大の商業都市トロウの中にあって、冒険者の宿として、太陽の陽だまり亭という宿と双璧をなしている店だ。
この宿の主人 ― 今脚立に乗っている中年の親父 ― はアクレス・シャンゼリオンといい、冒険者たちからは“アックス”と呼ばれて親しまれている。

今の宿の原型ができたのは、20年前。まだ、アックス自身も冒険者として各地をめぐり、愛する妻と出会ったころだった。
それから父親の後を継いで宿の主となり、十何年。毎年多くの若者たちが夢を抱いて来、あるものは名を残し、あるものは旅立ち、あるものは消え。宿の名が上がり、人が増えるごとに宿は大きく育っていった。
「…ずいぶん図体のでかいガキになっちまったなぁw」
子は成していないが、だからこそ、この宿とこの宿に来る若者たちが、さらに我が子のように思えるのかもしれない。

――そんな夢想をしていると、カララーンと、扉が開いたことを告げる鐘の音が耳に飛び込んでくる。
その音に体が反応し、一段一段、脚立を降りる。入ってきた客は、どうやら、依頼人のようだと見てとりながら、一段一段降りるごとに、物思いは薄れ、プロの頭に戻っていった。

「いらっしゃい。今日はどんな用だね?」
 
 
 
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